なったのか、君は知ってるのか。」
 それも、良一には返事が出来なかった。
 暫く沈黙が続いた。
「何にも事情の説明も出来ないで、ただ五千円かしてくれとは、君にもあきれたものだ。それはまあいいとして、君は川村さんのことをいったいどう思っているかね。」
「…………」
「あの人は、気狂いだよ。」
 良一は眼を丸くした。一昨日逢ったばかりなのだ。感冒でねていたのだった。
「尤も、どこがどうと目立つところはないから、ちょっと分らないが、あんなのが、実は一番始末に悪い。」
「伯父さん。」と良一は身をのりだした。「くわしく説明して下さいませんか。」
「ははは、こんどは僕に説明せよというのか。まあこっちに来給え。」
 彼は良一をそばの椅子によんで、それから話した。――本郷神明町の高台に、非常にみごとな椎の大木がある。根本の周囲は二丈にあまる古い木で、それが、一丈ばかりの高さのところから、四方に枝を出し、枝は水平にのびて、百坪ほども拡がり、そして全体がこんもりと、円屋根のように茂っている。珍らしい木で、市の指定保存木となっている。ところが、その木をこめて、三百坪ばかりの地面が、更地《さらち》となって売物
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