と母の面影とが、全く相対立したものとなって分離したらしい。母の面影でさえ、もう現実の母の顔から遊離してしまった。そして彼は始終その二つの面影を見つめるようになった。一つは悪魔であり、一つは神であったろう。
 こう云えば、彼というのが誰だか、もう君にも分った筈だ。あの、竹山茂樹なんだ。
 竹山の話をきいて、僕はその家を訪れてみた。惨めな生活らしい様子だった。その頃、僕には多少余裕があったので、高利の負債の方は払ってやった。それから、竹山の家が丁度この土地の花柳界のそばなので、懇意な芸妓にわけを話して、平素着の仕立直しだのつまらない物の手入れなどを、出来るだけ頼むように計らってもらった。
 母親の方は、それでまあどうにかなったが、困ったのは竹山だ。学校の給仕も勤まらなくなり、勉強も出来なくなった。別に精神に異状があるようにも見えないが、それかって普通とはちがっていた。初めは家に引込んで、へたな絵ばかり書いていたが、或る時、月末の金をひっさらって、写真器を買いこんできた。それから、君も見せて貰った通りの、その写真マニアだ。好悪の容貌の研究という理論だ。
 写真器をもち歩いて、やたらに人の顔ば
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