にあきらめて落付いている、そういった人柄に見えた。
とびこんできた青年の姿を、彼女は、小さな子供をでも見るようなやさしい目付で迎えた。
青年は外套をぬぎすてて、その前に膝をそろえて坐った。
「ただいま。」
古いすりきれたものではあったが、ともかくも背広服の、その姿が、外を歩いてた時とはまるで別人のように善良だった。
女は赤いはでな仕立物をわきに押しやって、お茶をいれていた。
「早かったですね。」
「お留守なんです。」
「そう。」と気のない返事だった。
「待ってればよかったんだが……。」
その時初めて彼は良一のことを思い出したように、急いで立ってきた。
「さあ、どうぞ……。」
云わるるままに良一はあがっていくと、母です、と彼は云いすてて、横手の室へ案内した。
そこも六畳で、机と本棚とが高窓の下にあって、本棚と並んで、大きな卓子があった。卓子の上には、いくつもの瓶や鉢が混雑していて、大きな赤い電球が一つころがっていた。多分そこで彼は写真の現像を[#「現像を」は底本では「現象を」]するのであろう。
彼は押入から黒い箱をとりだした。中にはたくさん写真がはいっていた。それを順次に
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