、どうしてもまず実物をみておいて、それからありのままの写真をとる、そういうことにしなくちゃいけない。それはいろんな程度があって、微妙な差ですからね。ところがこの、人の顔を写真にとることがなかなか厄介で、技術がいるんです。うっかりしてると通りすぎちまうし、横を向いちまう。邪魔するやつもいる。政府では僕のこの研究をねたんで、警察に内命を下したとみえて、しじゅう探偵しています。僕の一番嫌いな奴が、自分の顔をとられるのをこわがって、密告したんです。然し、きっととってみせます。そいつの顔をとるまでは、僕は頑張ってやります。その写真がなければ、研究が完成しません。川村さんは僕のこの研究に賛成して、いろいろ注意を与えて下さるが、ただ一つ僕の腑におちないことがある。凡ては無限で、宇宙の中に何一つ有限なものはない。だから、どんな研究でも、ある範囲内に止めなければ、永久に完成の期はない、とそういうんです。僕の研究も、もうほぼ完成している、とそういうんです。然しそれは、研究者としては卑怯な態度です。現に、僕の研究を邪魔してる奴がいる。僕の一番嫌いな奴がいる。現実にいる。そいつを一枚とれば、それでいいんです。
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