もし、安心もした。自分の名前を知ってるくらいなら、この青年は川村さんとよほど親しいのであろう。
 川村さんの家のある本郷林町の高台から、上野広小路の方へ、良一は彼についていった。途中、すれちがう人の顔を彼は次第に注視するようになり、そしていつしか彼に話しかけていた。
「……その好き嫌いという感情は、決定的なもので自分でどうすることも出来ないものです。電車にのっても、一寸見ただけで、好きな奴と嫌いな奴とは、はっきり別れるじゃありませんか。これは、相手の性質とか身分とか、そんなものできまるんじゃない。顔付です。ただ顔付だけです。それも、綺麗だとか醜いとか、色が白いか黒いか、そんなことじゃあない。もっと根本的なものがあります。猫は犬の顔をきらい、犬は猫の顔をきらうんです。それで僕は、そういうことを研究しようと思って、人間の顔を写真にとって歩いています。小さなコダックを胸にかかえて、向うから来る奴を、まず好きか嫌いか見ておいて、それを写真にとってやる。そういう写真を集めて、好きから嫌いへ順々に並べてみると、根本的な研究が出来るんです。ありふれた写真は、大抵にせものが多いから、本当に研究するには
前へ 次へ
全54ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング