すかし見て云った。
「川村さんをお訪ねなさるんですか。」
 良一は黙っていた。
「只今、お留守ですよ。」
 良一がなお黙っていると、青年は鋭い眼付で見つめながら寄ってきた。
「もう一時間ばかりすれば、帰ってこられます。僕も先生に逢いに来たんです。ここで待っていても仕様がないから、一緒にお茶でものみにいきませんか。」
 別に危険な人物でもなさそうだったので、良一はつき合うことにした、或はそれが伯父の話の男かも知れなかった。或は川村さんが逢うことをきらってる男かも知れなかったし、それならば、それをはぐらかすことは川村さんのためになるにちがいなかった。
 良一は彼と並んで歩きだした。彼は既に行先がきまってるかのように、黙ったまま良一を導いていった。長髪をかき乱した浅黒い横顔。じっと据ってる眼付、すりきれた外套に破れかけた古靴、そしてへんに足が早かった。
 だいぶたってから、彼はふいに云った。
「あなたは、川村さんとどういう関係の人ですか。」
 良一はありのままを答えた。遠縁にあたるので昔から知っていて、時々遊びにくるんだと。
「それじゃあ、牧野さんですか。」
 名前を云われて、良一は少し驚き
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