も、川村さんや小鈴の方が何となく危険だという気がした。
 川村さんはやはり竹山のことを考えていたらしく、ふいに云いだした。
「どうなろうと、大したことはあるまい。近日中に逢わしてやろう。その時は、牧野君もいっしょに来てくれないか。一人でも多く立合った方が、互の打撃が少いかも知れない。うまくいったら、あとでゆっくり逢えばいい。まあなるようになるだろう。人の運命というものは、大きな深い河に流されてるようなもので、自然の勢に任せるより外はない――とそういうことを、竹山の母親は云った。そうだ。こうなってみると、あの母親が一番えらいような気がする……。」
 その時、小鈴が不服そうな顔をして云った。
「だけど、いくじがないわね。」
「そりゃあ、君たちみたいな稼業をしてる人とはちがうさ。」
「それもそうだけれど……。」そして彼女は一寸考えた。「おかしいわ、あの竹山のお父さんの方、どうして、前の奥さんには逢おうと云わないんでしょう。あれでも、極りがわるいのかしら。」
「そんなことはないさ。だが、実はそれなんだ、問題は……。細君にはどうでもいいが、子供には逢いたい……そこが何だかちがってる。」
 言葉がとだえると、良一は落付けなかった。それをみて、小鈴は酒をすすめた。
「そうだった、今日は僕の回復祝いだ。出かけよう。知ったところをみんな廻ってやるんだ。」
「だめよ、もう遅いから。いけませんよ。」
 小鈴は頭ごなしに押えつけようとしたが、川村さんは駄々をこねだした。話をしながら飲んでいたその酒が、話がすむと共にいちどに発してきたものらしい。小鈴は叱るようにしてなだめるし、川村さんは駄々っ児のようにむちゃを云いだした。
「ごらんなさい、牧野さんが笑ってるじゃありませんか。」
「ははあ、牧野君か、飲んでくれよ、僕の回復祝いだ。」
 良一は川村さんのそんなところを初めて見たし、一昨日まで高熱でねていた川村さんのことを思いだしたりして、不思議な気持になると共に、いつしかもう酔っていた。そして自動車で家へ送りとどけられたのは、三時近い頃だった。

 十日ばかり過ぎて、良一は川村さんから速達の葉書を受取った。――この葉書読み次第、電話をかけてほしい。とそれだけの、如何にも川村さんらしいものだった。
 良一は竹山のことが気になっていたので、近くの自働電話へかけつけていった。川村さんが電話へ出て、隙だったらすぐに来いとのことだった。
 行ってみると、川村さんは二階の書斎にねそべって、何の屈託もなさそうな様子をしていた。小鈴が来ていて、やはりこの前のような束髪で、はでではあるが素人らしいみなりをしていた。彼女も朗かな顔付だった。
「やあ、こないだは……。家に帰って、叱られやしなかったかい。」
 むっくり身を起した川村さんは、言葉の調子にも似ず、そして屈託のなさそうな様子にも似ず、何となく元気がなかった。
「実は、竹山のことを君に報告しようと思って来て貰った。思いがけない結果になったものだから……。」
 その結果というのが、良一には想像もつかないことだった。――
 あれから、川村さんはどういう風に竹山父子を対面させようかと思いあぐんで、一日一日延していた。すると、この前の日曜の午後、竹山茂樹がやって来た。
「先生、研究が完成しました。すぐに来て下さい。」
 その、語尾が曇って、眼は全く据ったきりで動かなかった。そして靴のまま座敷にあがりこんでいた。
 川村さんは首を傾げたが、とにかく、訳をたずねてみると、最も嫌いな最後の一つの顔が、写真にとれたというのだった。而も何枚もとれた。大勢のスパイが出て来て邪魔しようとしたが、遂に勝利を得た……。
 川村さんはぎくりとした。竹山を連れて自動車を走らせた。
 家の中はしいんとしていた。上りこむと、母親が真蒼な顔をして、彫像のように坐っていた。
「どうしたんですか。」と川村さんは声をかけた。
 彼女はなかなか返事も出なかった。恐らく心は深い淵の中へでも落込んだようで、浮出してくるのに骨が折れたのであろう。ようやくにして彼女は挨拶をして、それから話し初めた。
 その日は、穏かな好天気だった。竹山はいつのまにか、母親が隠しておいた例の写真器をとりだして、ひそかに出ていったらしい。そして二三時間たつと、表から勢こんでとびこんできた。
「お母さん、喜んで下さい。研究が出来上りましたよ。これから川村先生をよんできて、いっしょに現像するんです。」
 そして彼は写真器を自分の室の卓子の上において、また飛びだしていった。
 母親は不安な予感に駆られた。騒ぐ胸を抑えてじっとしていると、茂樹が出ていってから暫くして、のっそりはいりこんできた男があった。一目見て、彼女はあっと声を立てた。夫の茂吉だった。
 茂吉はつっ立って、彼女を見据えていた。彼のう
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