鞍馬山のおくにいる賊《ぞく》のかしらでした。堅田《かただ》の観音様《かんのんさま》の像のことをきいて、悪いことをたくらみました。それは、観音様を盗み出し、足に泥をぬってもとにもどし、そして手下共にいいつけて、いろいろなことをいいふらし、たくさんおさいせんが集まったところを、盗んでしまおうと考えたのでした。
 ところが、夜叉王《やしゃおう》は、ゆっくりしておられないことになりました。京の都の大臣の所から盗んできた馬を、顔丸の丸彦にうばいとられてしまいましたし、その馬のことをよく知っている坂《さか》の上《うえ》の朝臣《あそん》が、堅田《かただ》にやって来られるそうでした。坂の上の朝臣は、もうすぐ来られるはずでしたから、どうあっても、その夜のうちに、馬を取り返し、おさいせんも盗んでしまうつもりで、だいたんにも手下とふたりきりで、忍びこんで来たのです。
「ひどいやつだ。うち殺してしまいましょう」と顔丸の丸彦はいいました。
「いや、まちなさい 私に[#「まちなさい 私に」はママ]考えがあるから……」と顔長の長彦はいいました。
 そして、鞍馬《くらま》の夜叉王とその手下は、堅田の兄弟の所につなぎとめられました。

      六

 坂の上の朝臣は、はたして、堅田にやって来られました。堅田の顔長の長彦とは前からのしりあいでした。
 朝臣は、堅田の観音様《かんのんさま》のふしぎなうわさをきかれて、顔長の長彦を疑われたわけではありませんが、いろいろ怪《あや》しいことのある世の中でしたから、じっさいのようすを見とどけに来られたのでした。そしておどろかれたことには、京の大臣の所で悪者に盗まれたあのりっぱな馬が、とりおさえられていましたし、うわさのたかい鞍馬の夜叉王がつかまえられていました。
 それについて、顔長の長彦の話を聞かれて、坂《さか》の上《うえ》の朝臣《あそん》が満足されたことは、申すまでもありません。そしてこれから先のことについても、ことごとく、長彦の考えに賛成されました。
 あの観音《かんのん》様の像は、またどういうことで、悪者どものために、よくないことに使われるかわからないから、琵琶湖《びわこ》に捧げて沈めることにしよう、というのです。観音様のうちにも、魚籃観音《ぎょらんかんのん》というのがあって、水に関係のふかいかたがあるし、また、水天《すいてん》という水の中の神さまも
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