於いてはさほどの難事ではない。
 右の両面の合体のうちに生れた人物こそ、真の批評の対象たり得る。それらの人物は、それ自身として限定された独自の存在を持ち、独自の思想を持ち、独自の情意の動きを持つ。而もそれらの人物は、時処の限定を受けずして、吾々の身辺につっ立つ。それらの人物に対する直接の批評は、社会に生きた反響を及ぼす筈である。この一点によって、文学は実社会と最も密接な交渉を持つだろう。
 素材の取扱方とか、表現技法の巧拙とか、作者の態度や心境とか、そういう事柄だけが問題である時、文学は人生に対して日影の地位をしか占め得ないだろう。文学をその日影の地位から脱せさせるには、実在の人物についての人物評論と同様なもの、もしくはより以上深刻なものが、作品中の人物についてなされることが、何よりも必要である。文学者の地位の向上とか、文学者に対する社会の認識の是正ということも、一応は役立つであろうが、人物評論の対象として堪え得るだけの人物が作品中に現われることが、何より肝要であろう。
 作品中の人物が、文学の領域を超えて、社会各方面からの注意と批評とを招き、やがてそれが実在の人物と同様のもしくはより
前へ 次へ
全9ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング