ばって、幾枚もの紙がぬりつぶされた。どうやらそれは、窓や欄間や天井など、建築の各種の細部らしかった。そうだ、彼は建築家だったのである。紙片の上に次々に描き出される建築の細部は、みな怪しく形が歪んで、笑ったり踊ったり、生きて動いてるがようだった。それは必ずしも酔余の戯作とは云えなかった。創造的な不思議な活力がこもっていた。
 わきから覗いていると、俺もへんにまきこまれて、つい手を出したくなった。ちょいちょい鉛筆にさわって、勝手な方向に動かしてやった。その度に、片野さんは眼を見張って、図形を眺めた。その図形が法にかなってたかどうかは、俺には分らない。だが彼自身ではひどく天才じみた気分になってたのだろう。すっかり興奮しきって、額にはかるく汗さえ出していた。
 やがて、十枚ばかり書きちらすと、後は鉛筆を投げ出して溜息をついた。それから、むしゃむしゃ干物をたべてしまい、酒をのみだした。
 銚子が空《から》になると、彼はそれを手にして立ち上った。よろけかかったのをふみ止って、そのまままた坐りこんだ。
「おい、お代りだ。」
「はい。」
 返事がしたので、俺はびっくりしたが、無意識に呼んだ彼自身は、な
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