おびっくりしたらしかった。じっと声の方を見つめていたが、やがて、佐代子が銚子を持ってくると、総毛立ったような表情になった。
「ばか、まだ起きてろのか。」そして彼はちょっと息をついた。「なんだって寝ないんだ。寝てしまえと云っといたじゃないか。僕は仕事をしてるんだ。人が起きてると邪魔になるんだ。君がそんなところに起きてるもんだから、見給え、仕事が出来なくなってしまった。何をまごまごしてるんだ。僕を泥棒だとでも思ってるのか。ばかな、誰が持ち逃げなんかするものか。持ち逃げするような気のきいた品物が一つだってあるかい。いやに忠義ぶって、とんちきめ、起きてるなら起きてるで、肴でも拵えてこい。何かあるだろう。おい、なぜ黙ってるんだ。御新香でもなんでもいい、持ってくるんだ。それに酒だ。早くしないか。早く寝ちまうんだ。寝ろったら……。」
ふだんおとなしい片野さんが、怒鳴りだしたのには俺も驚いた。佐代子はすっかり面喰って、まごまごして泣き出してしまった。泣きながら、酒の用意をしだした。
「気のきかない奴ばかり揃ってやがる。」
片野さんは立ち上って、よろけながら下駄をつっかけて、便所にいった。
片野さ
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