」
「じゃあも一度、何度も、はっきり約束するわ。」
芳枝さんが小指を差し出すと、片野さんも小指を差出して、握りあって打ち振った。
「これでいいでしょう。何度くり返したって同じよ。そして約束を守って、しっかり生きていくの。もう無駄使いも止しましょうね。これから、お金を儲けることよ。二人でお金をたくさん儲けたら、それでいいじゃないの。結婚なんて、どうだっていいわ。」
片野さんはうなずいたが、何やら浮かぬ顔色だった。芳枝さんの眉根にも、かすかな苛立ちがあった。
「佐代子!」と彼女は呼びたてた。「お銚子のお代りよ。どしどしつけといて頂戴。」
――こんな場面を見てると、俺はじれったくて仕様がないんだが、あんまり度々なので、もう諦めた。そしてただ一つ、ひそかに俺がほくそ笑むことがあった。それは金銭ということだ。一体二人が愛しあうようになって、もう三年ばかりになるが、愛しあってるだけでは足りないと見えて、始終何かしら嫉妬めいた口説が起るのだった。それかって、結婚するわけにもいかなかったらしい。片野さんは、嘗て或る女と同棲生活をしたことがあり、芳枝さんは、嘗て一年ばかり結婚生活をしたことがあるが
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