その音に、佐代子はとび上って驚いたらしく、卓子につかまって息をつめた。顔色をかえていた。それから笑い出したが、気のこもらない笑い方で、やがて、美智子のところにいって、その肩につかまった。
「ごめんなさい、ね、ごめんなさい。あたし酔っちゃって……。」
しきりに詫びる彼女を、美智子は何のことか分らなくて、もてあましていた。佐代子は頬をふくらまして、ぷいと美智子の側を離れて、それからもうはしゃがなかった。
そして時間がたって、客も立ち去り、主婦の事情を知ってる高橋と美智子も帰っていったが、片野さんは浮かぬ顔付でまだ酒をのんでいた、芳枝さんも言葉少なだった。小料理屋なんかうるさいから止めて、※[#「さんずい+粛」、第4水準2−79−21]洒な喫茶店でも始めたいと、気の弱いことを云い出した。片野さんの方では、津島さんから話のあった会館の室の、大凡の設計が出来上りかけたなどと話していたが、少しも気乗りのしてる風ではなかった。何かへんに冷たい空気だった。そして二人は、二階に上っていった。
おかしいのは、二人とも、佐代子に言葉もかけなかったのである。佐代子はまるで忘れられたように、そして自分でも
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