に酔客の相手をして、高い笑い声を立て、さしつけられる杯を、ふだんは手にもふれなかったが、ぐいと一息にあけていた。一体この家は、芳枝さんが上品に上品にと取繕ってるものだから、美智子も佐代子も物静かに振舞って、乱暴な客もなく、高橋の巧みな板場の腕も手伝って、困るような酔っ払いもなく、十二時近くなるとみんな帰ってもらえるほどだった。それが今日は、佐代子がへんにはしゃいで、会社員風の三人連れの客のところへ、やたらに銚子をはこび、高笑いして酒の相手になっていた。
「ちょいと、高橋さん、あんたの腕前がいいから、祝杯をあげるんだってさ。出ていらっしゃいよ。」
 高橋は板場の奥から笑っており、芳枝さんと美智子は眉をひそめていた。
「はいお冷《ひや》。」
 そういって佐代子ほ、水の代りに冷酒をコップについできたりした。
「佐代ちゃんえらい。こうサーヴィスがよけりゃ、毎晩のみに来てやるぞ。」
「早く来なけりゃ、大入で、席がふさがってるわよ。」
 どこで覚えたか、「クカラッチャ」のメロディーなんかあやしげにくちずさんで、足もとがもうふらついていた。
 出口に近い一人の客が立ち上って、その拍子に椅子を倒した。
前へ 次へ
全26ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング