あるいちゃったんだ。何だか、知ってる人にみんな逢いたくなったのさ。勿論、女だけなんだが。もうこれから、酒をのむこともあるまい、すっかり真面目になってしまうんだ。今晩がさいごだ。だから、晴れやかにぱっと、知ってる女にみんな逢ってしまおうと――分ってるだろう、ただ顔を知ってるだけだよ、変な関係なんか一人だってありゃあしない――そのみんなに、ぱっと逢って、さよならって、ぱっと帰ってしまいたかったんだ。こういう気持、僕は嬉しかった。本当に君を愛してるからなんだ。ところが、君も僕を愛してる、本当に愛してるね、だから、君も多分、知ってる男にみんな逢ってみたい、ぱっとだよ、ぱっと逢ってみたい、そんな気になって、あっちこっちに電話でもかけて、そこまではよいが、なんしろ、相手は男だし、君の方は女だし、どんなことになるか分ったもんじゃないから……。」
「片野さん!」と彼女は叫んで、なおじっとその顔を見つめた。「今晩なにか、へんなことをしたんじゃない?」
「へんなことって……。」
「浮気かなにか。」
「そんなことをするくらいなら、君のことをこんなに心配しやしない。」
「あきれた。まるであたしだけが……どうす
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