そよそしい挨拶をしてから、待ってて下さいと囁いた。ええというなげやりな返事だった。銚子をはこんでくる美智子にも殆んど話しかけなかった。何か思い惑ってたに違いない。恐らく先夜のことででもだったろうか。だから俺は、そっと寄っていって、その頭の中のものをかきたててやろうとした。あまり思い惑ってるようなので、助けてやるつもりだった。
――先夜、佐代子をつかまえて、随分つまらないことをしたものですね。
――うむ……。
――あんなことにこだわってるのは、なおくだらないですね。
――そう……。
――だが、少しめちゃでしたね。人がきいたら呆れますよ。
――そうかも知れない。
――彼女を抱いてて、「君はまだ処女なの。」ときいたでしょう。「そうよ。」と彼女は返事をしたでしょう。覚えていますか。
――覚えてるようだ。
――「芳枝は僕の女房みたいなものだが、この頃、誰か男の人と懇意にしてやしないか。」ときいたでしょう。すると彼女は、「知らん。」とただ一言返事したでしょう。覚えていますか。
――覚えてるようだ。
――キスの間で、よくもそんなことが云えたものですね。呆れ返った。
――僕も呆
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