た。それから、赤い顔をなお真赧にして、立ち上った。
「片付けるのは、明日《あした》でいいわよ。もう遅いから。」
 芳枝さんは何かしら不機嫌で、時計を仰いで、洗面所の方へ行った。手を洗って口をすすいだ。佐代子とくっついたのが気に入らなかったらしい。着物をばたばたはたきながら、二階に上っていった。
 佐代子は何か考えこみながら、ゆっくり後片付をした。
 俺は花瓶の中で、何度も欠伸《あくび》をしたものだ。

 その翌晩、片野さんが、十一時近くにやってきた。四五人客があった。片野さんは隅っこの卓子に腰を下した。佐代子が出ていって、黙って丁寧にお辞儀をした。その眼がいつもより睫毛の影が多く、奥深く黒ずんで、そしてちらちら笑ってるらしいのを、片野さんはちょっと眼にとめて、そしてすぐそっぽを向いてしまった。佐代子は用もきかないで引込んでいった。美智子がやって来て、小座敷の方へ片野さんを案内した。
 それだけのことだったが、何かしらいつもと調子がちがってるのが目立った。そして片野さんは小座敷の隅に蹲って、ちょっとした料理で酒をのみだしたが、何事にも興味がなさそうだった。芳枝さんがちょっと顔を出して、よ
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