風邪のきみだといって一日寝ていた。片野さんのことについては、あれから急な用事を思い出したとかで帰っていった、ということきり芳枝さんは聞き出し得なかった。彼女は何度か佐代子の薄暗い三畳の室にはいっていったが、大して病気でもなさそうだった。
俺が時々そっと覗いてみたところでは、佐代子はただやたらにぐうぐう眠っていた。
一日寝てた後で、佐代子は元気に起き上って、忠実に働きだした。拭き掃除から後片付まで、美智子の分までも自分でした。客にも丁寧だった。ただ何となく無口になっていた。そして殊に芳枝さんには忠実だった。芳枝さんの一挙一動に注意して何かと気を配って、進んで奉仕してるようだった。
俺はその変化に眼を見張った。どうもあの晩から、俺の腑におちないことばかりだ。芳枝さんは片野さんのことに気をもんでるらしかった。手紙を書いたりした。
四日目に片野さんから電話だった。芳枝さんは長い話をしてから、にこにこして、佐代子にいった。
「今晩あたり来るんだって……。」
佐代子は顔色もかえなかった。
だが、片野さんは来なかった。高橋と美智子が十二時になって帰っていってから、客ももうないし、芳枝さん
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