んの自由に任せよう……。」
そんな気狂いじみたことを、おれは自暴自棄的に而も真面目に考えていたのだ。それがおれの決意だった。ところが、如何に酔っ払ったとは言え、いざとなると、その実行の困難さが分った。この屋上から飛び降りるのと、同じぐらい困難だ。たとい眼をつぶっても飛び降りるのだという自覚はどうすることも出来ない。たとい喜久子や中野が承知するとしても、おれの魂がそれに反撥する。而も、最も悪いことには、喜久子も中野も或は面白がって承知するかも知れなかった。彼女の盲目な肉体は、また彼の萎靡した精神は、それを受け容れ得るかも知れなかった。だが、おれの魂は頑強に反抗した。――おれはいつしか、深い瞑想に沈みこんでいった。
「どうしたんでしょう。なんだか様子が変ね。」と中野が言っていた。
「飲みすぎたんでしょう。」と喜久子が言っていた。
「用事ってのは、何のことかしら。」
「さあ、あたしにも分らないわ。」
そのような言葉を遠く耳にして、おれは身を動かしたとたんに、コップを二つスタンドから落したらしい。硝子の砕ける澄んだ音に、おれは我に返って立ち上った。
「用件とは、酒を飲むことだ。さあ、もっと
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