って、喜久子を愛してるとは言えない。ただ肉体だけの享楽だけじゃないか。然し、それならば、いったい愛とは何だ。彼女の体温に溺れこみたいこの誘惑や衝動は何だ。
おれは決意した。もっとも、今考えると、それは酔漢の決意だ。
おれは可なりの金額を調達した。喜久子のところへ借りの全部を払い、更に余分に彼女に預けた。そして飲めるだけ飲んだ。彼女を通じての伝言で、中野も来た。
「めでたい用件だが、それは最後にしよう。」
おれはそう言って、彼に酒をすすめ、喜久子にもすすめ、女流音楽家の一件をも酒の肴にした。もう小女も帰っていってるし、他に客もなかった。そして最後に、おれは次のように宣言するつもりだった。
「さあ、三人とも酔っ払った。だからもう、つまらない遠慮などはいるまい。今夜は、三人でいっしょに寝るんだ。僕と喜久子さんとは、もう肉体的に深い仲だ。それから中野君とマダムとは、互に好き合ってる仲だし、耳を舐めたり舐めさしたりしてる。僕と中野君とは、これは兄弟だ、愛情の同窓だ。さあ寝るんだ。喜久子さんを真中にして寝よう。中野君は耳をしゃぶれよ。僕は頸に噛みついてやる。喜久子さんがどうするかは、喜久子さ
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