感じた。――彼はおれと喜久子との仲をよく知ってると言った。それは本当だろう。而もそのおれの前で、それは別問題として、彼と彼女とはお互に好きだと公言した。全然おれを無視しているのだ。そして女流音楽家のことなど持ち出した。その図々しさには、何か他に秘密があったのだろうか。
おれは中野の話を喜久子に伝えた。
彼女は笑った。
「あのひと、可愛いいところがあるわね。あたしがちょっと拗ねた風を見せると、すぐ本気にするんですもの。」
「中野は君を好きだと言った。君も、中野を好きだと言うんだね。」
「まあ……そうね。」
「それを、僕の前で言うのかい。」
「言ったっていいじゃないの。遊びですもの。」
彼女はきらきら光るような瞳を、じっとおれの眼に据えた。
「あんたの方は、遊びじゃない、真剣なのよ。」
そして彼女はおれの首を抱いたが、おれは唇をそむけた。
彼女はおれの方を真剣だと言う。だが、それは肉体だけの真剣さだ。この真剣さは、いつ他へ移動して、おれのところには遊びしか残らなくなるかも知れない。中野はそれを見抜いているのかも知れない。或は本能的に察してるのかも知れない。実際のところ、おれの方だ
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