らしい不自然さでないだけに、おれの神経を刺戟[#「刺戟」は底本では「剌戟」]するのだ。相当に名の売れた楽器店の息子で、園部の弟子と自称してるところを見ると、詩作も少しはやるらしいし、また楽器も多少はいじれるらしいし、ダンスもやるらしいし、そして楽器店の商売にも外交的手腕をいくらか持ってるらしい。つまり、いろいろなことが出来て、結局は何も出来ないのだ。酔った揚句に男でも女でもなくなるのと同様だ。敗戦後の苛辣な世の中に、こういう文化人……彼もまあ一個の文化人だろう……それが残存しているということは、或は新たに生れたということは、悲しい事柄だ。おれと彼と何の関係があるか。おれは園部の友人であり、彼は園部の弟子だと自称してる、それだけの係り合いに過ぎないのだ。
 然し、精神を喪失した案山子のような彼と、おれとの間に、喜久子の肉体があった。中野はビールを飲んだり、スタンドに身をもたせてくねらしたり、なにか思い余ってることでもあるらしい様子だった。喜久子は微笑を浮かべて、それをちらちら見ていた。身を動かす毎に、薄物のブラースと襯衣ごしに、豊かな乳房の揺れるのが見えた。これはおれの想像ではなく、全く
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