刺繍織物や、透き模様入りの白麻のハンケチなど、蘇州名産は云うまでもなく、多くは日本産のあらゆる品物、凡そ百貨店に普通あるあらゆる品物が豊富に並んでいる。
 売子は、蘇州美人の称ある蘇州の町の選りぬきの少女たちである。彼女たちの美貌に心惹かれて余計な買物をする旅行者もあるとかいう。こういう町の少女たちを雇うのに、初めはなかなか困難だったそうだが、現在では募集すれば志願者が多すぎて困るほどあるらしい。
 ところで、問題は売子ではなくて、顧客である。日本人がここに来るのは当然であるが、支那人の客が非常に多い。午後になると、蘇州の町の上流中流の人々、殊にモダーン好みの女性たちが、数多集まってきて品物を物色する。やがてここが蘇州の流行の中心となるのも遠くはあるまい。
 日本人経営の店でかくも支那人を惹きつけてる所は、他に類が少いだろう。それには種々の原因があろう。この百貨公司が蘇州第一の店であり、品物も豊富なのが、その一つに数えられるだろうし、蘇州は殆んど今次の戦闘がなかった都会で、従って戦禍を蒙ることも殆んどなく、且つは古い文化の都会で抗日意識の比較的稀薄だったことも、その一つに数えられるだろ
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング