。まだ自分は彼女に強い信念を与えることが出来ないのか、どうして自分達はただ一つの途に落ち着いて未来に進むことが出来ないのか! 彼はくり返して、愛の信念を説いた、愛の力を説いた。その間彼女は黙って聞いていた。そして彼が口を噤むと、はらはらと涙を流した。「許して下さい!」そう彼女は声を搾って云った。
 ――何を許すことがあったろう! 彼女には前に恋人があった。然し彼女はその愛のうちに男の方に虚偽があるのを知るや、男を捨ててしまったのではないか。愛に一点の隙間をも許さない彼女の態度は純真なるものではなかったか。またそのために家の中に於ける彼女の地位が危くなってること、その男のために彼女の両親が未だに時々困らされていること、そういうことは敬助も凡て知って許していたではないか。またその他に彼女の身の上に何か暗いものがあっても、彼女の心が一つにさえ燃えていればいいと幾度もくり返して云ったではないか。そして敬助は何も尋ねないで、二人の心をただ一つの愛に燃え切らせることばかりをつとめた。その一筋の心で彼は故郷の両親へあてて長い告白の手紙をも書いた。両親からは拒絶の返事が来た。近々伯父が上京する由まで書
前へ 次へ
全32ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング