き添えてあった。然しそれはかねて予期したことではなかったか。彼は最後の勝利を信じていた。「ただ信じて下さい!」と彼は慶子にいった。
――「何を許すことがあります。私達はただ進んでゆくより外に途はありません。もう後へは引返されないのです。あなたはまだ躊躇するのですか。」
――「いえいえ、もう決心しています。」と彼女は云った、「あんまり苦しいから、ゆきつめた所まで行ったから、……ひょっとするともうお別れする時じゃないかと思って。」
――「何で別れるのです。私は何処へでもあなたが行く所へついて行きます。あなたも私の行く所へいつまでもついて来ますね。」
――「ええ、屹度!」
――そう云って彼女はまた眼を閉じた。
――もう何にも云うことは無かった。敬助もじっと眼を閉じた。そうして二人は長い間身動きもしないでいた。言葉が無くなると、いつも二人でじっと愛の祈祷のうちに沈み込むより外はなかった。そして何物とも知れず二人を脅かして来るもの、幾度となく誓われた信念の後にもなお底深い所から上って来て二人を距てようとする淋しいもの、それに対して心を護る外はなかった。とその時、敬助はふと或る冷たいも
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