じて石のように固くなっていた。眉と眉との間に深い皺が寄っていた。それは彼女が何か苦しい思いに自分と自分を苛《さいな》む時の癖だった。乱れた荒い呼吸が、小さな鼻の孔から激しく出入していた。敬助ははっとした。彼女のそういう様子のうちには或る強い恐ろしいものが籠っていた。
――「どうかしましたか。」
――何の答えもなかった。
――敬助は彼女の肩を捉えて激しく揺った。「云って下さい。何でもいいからいって!」
――慶子は眼を開いた。そしてじっと彼の顔を見た。
――「もうお別れする時ですわね。」
――「えッ! それではこれほどいってもあなたは私が信じられないんですか。私達二人の心が信じられないんですか。」
――「信じています。信じています。信ずるから申すのです。」
――彼女のうちには、あらゆる意志と感情とを一つに凝らした或る冷かなものがあった。敬助はいつもそれに出逢うことを恐れた。そしてその時は一層強い衝動《ショック》を受けた。或る何ともいえない石の壁にぶつかったような気がした。彼は苛ら苛らして来た。そして自分の苛ら立ちに気付けば気付くほど、益々慶子は冷たく落ちついてくるようだった
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