と廻して眺めると、人数が一人足りないことが分った。「誰だったかしら?」と彼は考えた。すると眼がくらくらとした。
「気がついたか!」
 そういう声がした。見ると其処には中西が居た。婆さんも居た。も一人若い女が居た。見覚えのあるような顔だった。「あそうだ!」と彼は思った(然し実際は誰だか分らなかった)、そして身を起そうとした。
「お静かにして被居らなくては!」とその女がいった。そして皆で彼を元のように寝かしてくれた。その時彼は初めて、自分が蒲団の中に寝ていること、全身の関節に力が無くて骨がばらばらになってること、中西と婆さんと看護婦とが枕頭《まくらもと》についていること、それだけのことを感じた。
 何故《なぜ》だか分らなかった。然しそれが至極当然なことのような気がした。
「気がついてくれてよかった。どんなに心配したか分らなかったよ。」と中西がいった。
 看護婦が手を上げた。猫が顔を撫でる時にするような恰好だった。
「静にしてい給えよ。」と中西はいった。そして彼は乗り出していた上半身を急に引込めた。
 あたりがしいんとなった。何処かでひたひたと水の垂れるようなかすかな音がしたが、それはすぐに
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