落した。彼は思わず眼を開いた。
室の中にはただ電灯の明るみが澱んで、三人がじっと坐っていた。看護婦は何かの雑誌を膝の上に拡げていた。そして彼は初めて自分が蘇生したのであることを知った。然しそれは夢のような感じだった。凡てが静に落着いてはいたが、何処か不思議な点があった。
「慶子さん!」と彼は心のうちで叫んでみた。「嬉しい!」と何処かで声がした。それが彼の心の底までを貫いた。残酷とも悲痛とも憂愁とも知れない名状し難い感が、俄に彼のうちに上ってきた。あッ! と思うまに、深淵の底に取り残された自分を彼は見出した。もはやどうすることも出来なかった。彼は両手を胸の上に組んで、捩り合した。苦しいものが胸の底からこみ上げてくるのをかきむしりたいような気がした。
「慶子はどうしたろう、慶子は?」彼は身を※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いた。
中西が静に彼の側に寄って来て、彼の手を握っていてくれた。それに気がつくと、彼はその手に縋りついた。
「中西!」
「ああ。」と中西は答えた。
「慶子さんは?」
中西は何とも答えないで、夜具の乱れたのを彼の肩にまとってくれた。それから何とか云おうと
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