のとして聞かれる。鶯の大なるものは、台北から汽車で間もない鶯歌駅の近くの小山にある。これは鶯の形をした巨岩であって、嘗て北白川宮殿下御通行の折には、この岩の鶯が囀ったという。今はもう沈黙しているが、その代り、鶯の声に似たペタコが至る所に鳴いている。その声は、至る所にいる白鷺の姿に劣らず美しいものだ。
*
自然界の熱情から情緒へと、いつしか筆が滑ったが、人事については、先ず情緒からはいってゆこうか。
内地から台湾への入口たる基隆港について、ちょっと声をひそめたいことだが、台湾夫婦の基隆別れ……という俚諺がある。固よりこの文句の示す通り、酒興遊楽のなかの愛欲事件を指すものであり、雨港たる基隆埠頭の一情景であろう。然し、こういう俚諺が特に生じたところに意味がある。彼は彼女と別れて内地に帰ってゆく――俚諺に歌われるほど多くの彼等が頻繁に帰ってゆくのだ。
台湾在住の内地人は官吏か会社員だと、これまで云われていたし、現在でも云われている。だから転任による内地との移住が甚だ多いことになる。其他の少数の人々にあっても、台湾永住の覚悟を持つ者は甚だ少いと云われる。その理由はいろいろあろ
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