の基隆港の雨は、台北に至る汽車沿線地域の痩せた土地と相俟って、台湾旅客の初印象を甚だ貧寒なものにする。だが、この新竹の風も宜蘭の雨も、実は取りたてて云うほどのものではない。気候のヒステリーの方がよほど人にこたえる。
 そういうヒステリックな気候にも拘らず、台湾の春はやはり豊かである。草木の繁茂は云うまでもなく、花も豊か、果物も豊かだ。果物の秀逸はパパイヤであろうか。その味はバナナにまさることは勿論であるが、マンゴーには及ばない。その代り、マンゴーや柑橘類が季節的であるのに反して、パパイヤだけは一年中常に結実する。数顆が熟する頃には、その上の一節には次の数顆が既に成長している。四季ともにそうなのである。製糖会社にしても、甘蔗の糖分の稀薄な夏季は工程を休み、機械の手入れをするだけに止める。然しパパイヤは一年中休みなくその結実成熟の工程を続ける。
 パパイヤは固より南国的なものであるが、台湾の春には、極めて日本的なものがある。栴檀の花とペタコとがそれである。栴檀の薄紫の花の香は、この南国の空に日本への郷愁を漂わせる。その香気の中にペタコが鳴く。この頭の白い小鳥の声は、鶯の囀りを少しく縮めたも
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