る箇所が、しきりにギイギイ鳴るのである。そのうちに音はやんだ。ところが、翌日の夜、こんどは餉台が鳴りだした。漆ぬりの丈夫な餉台で、どこにも異状はないのに、ただギイギイ鳴ってやまない。やがて横手の柱も鳴りだした。それが十分間ばかり続いた。その翌日の夕方、夕食の餉台に向うと、突然、脇息が鳴りだした。これには私達も驚いて、思わず腰を浮かした。そういうことが、村松君の室にも起るし、隣りの私の室にも起った。――これだけならば、全くの化物屋敷だ。
 このギイギイ鳴る音の本体は、木材の中に住んでる虫であった。立木のしんをかじる鉄砲虫の幼虫のことは私も知っている。その幼虫に似た虫だそうだが、柱や家具などの乾燥した木材の中に育ってその中身を食い荒す虫のことを、私はまだ聞いたことがない。昆虫学者に尋ねてみる隙も未だ持たない。ただ、あのままではあの家はあの虫に食いつぶされるだろう、とそう思われるのである。
 この虫の印象は、なにか不吉なものを持っている。茲で私は、台湾が自身を食いつぶす虫を身内に持っていると、そんなことを諷諭するつもりでは決してない。かかる虫をさえも駆除しないという、その怠慢さが気になるので
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