と分たれ、明るい部分が狭く凝縮してくる。そうした時に限る。そしてその明るい部分の中に、人生の日常の経路が中断された、その断面が浮んでくる。主人公を徒らに待ちわびている餉台や臥床は、人生の日常経路の中断面の相貌なのだ。そして暗い部分のなかに、他のさまざまなことが溺れこむ。よく知ってる人の名前を忘れたり、はっきり分ってる事柄が曖昧になったりする。だから、精神の狭い明所に浮ぶ人生の中断面を一人で見つめていればよいので、そんなことは人に話したとて同感を得るわけのものではなく、人に話せるようなことは精神の暗所の中に沈没してるのである。然るに、それを、なぜ今茲に書くかと云えば、実は、一人の人から同感されたのである。
 私は酒が好きで、酒の上での知人が幾人かある。酒の上の知人は面白いもので、お互に、経歴も身分も住所も知らず、ただ顔と声と思想とだけで相識り、而も往々、親しい者にも話せないようなことまで不用意に打明ける。そういう話の中では、嘘も事実も共に真実となる。
 それらの知人のうちの一人と、私は或る夜遅く、私達の交際場所たる小料理屋で出会った。どちらも酔っていた。彼は何かと話しかけてきた。生憎私は
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