ち、そしてなおいつまでも、食べる人はやって来ない。誰も出て来ない。料理だけがなおじっと待っている。
 また、硝子戸に半ばカーテンを引かれた室内で、若い女が静に動いている。奥働きの女中であろうか。押入の襖を開いて、寝床をのべているのだ。柔かな布団、真白なシーツ、恐らくは、枕の覆いも真白な新らしいものであろう。床をのべ終って、行儀のよい女中は、小腰をかがめて押入の襖をしめ、そして出て行った。電灯はなお明るく輝き、カーテンはなお半ば開き、そのままで、誰も姿を見せない。誰があの電灯を薄暗くし、誰があの雨戸をしめ、誰があのカーテンを引くだろうか。それよりも、誰が一体あの臥床に休らうのであろうか。布団は徒らに軽やかで柔く、シーツや枕覆いは徒らに白い。そこに休息の眠りを取るべき人は、どこに行ったのか。いつまで待っても誰も来ない。夜通し、そしてなお幾日も、臥床は待ち通すだろう……。
 それが、私の空想なのだ。
 こんな下らないことを、人に話したって、ただ一笑に付されるにちがいない。その上、こんなことを考えるのは、人に物を云いたくない時のことである。或る一つのことに思い耽って、精神の明暗の分野がくっきり
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