おのずから、天地自然のこと、つまり山川草木のことが主となる。以前に、太宰と近所を歩いて、雀の巣だった銀杏の樹のあたりを通りかかったことがある。今ではその辺は戦災の焼跡になっているが、その銀杏の樹に嘗て、数百数千の雀が群がって囀ずり、付近の人々は払暁から眼を覚まされたという。その銀杏の樹が五本立ち並んでると私が言ったところ、三本しか見えないと太宰に指摘された。見ると、なるほど三本のようである。豊島さんの話、まったく出たらめで、五本だと言うが、なあに三本しかない、と太宰は大笑いするのだ。酔うとそれが彼の口癖になった。雌雄の分らない鶏も、酔後の彼の口癖だ。――そんなことで、その日も大笑いした。胸に憂悶があればこそ、こんな他愛もないことに笑い興じるのだ。
 夜になって、臼井君が見えたので、だいぶ賑かになった。私はもう可なり酔って、どんなことを話したかあまり覚えていない。ただ、私の酔後の癖として、眼の前にいる人の悪口を言ってそれを酒の肴にすることが多いので、或は臼井君に失礼なことばかり言ったかも知れない。
 臼井君は、酒は飲むが、あまり酔わない。程よく帰って行った。
 太宰も私も、だいぶ酒にくた
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