太宰治との一日
豊島与志雄
昭和二十三年四月二十五日、日曜日の、午後のこと、電話があった。
「太宰ですが、これから伺っても、宜しいでしょうか。」
声の主は、太宰自身でなく、さっちゃんだ。――さっちゃんというのは、吾々の間の呼び名で、本名は山崎富栄さん。
日曜日はたいてい私のところには来客がない。太宰とゆっくり出来るなと思った。
やがて、二人は現われた。――考えてみるに、太宰は三鷹にいるし、私は本郷にいるので、時間から推して、お茶の水あたりからの電話だったらしい。伺っても宜しいかというのは一応の儀礼で、実は私の在否を確かめるためのものであったろうか。
「今日は愚痴をこぼしに来ました。愚痴を聞いて下さい。」と太宰は言う。
彼がそんなことを言うのは初めてだ。いや、彼はなかなかそんなことを言う男ではない。心にどんな悩みを持っていようと、人前では快活を装うのが彼の性分だ。
私は彼の仕事のことを聞いた。半分ばかり出来上ったらしい。――彼はその頃、「展望」に連載する小説「人間失格」にとりかかっていた。筑摩書房の古田氏の世話で、熱海に行って前半を書き、大宮に行って後半を書いたが、その中間
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