治時代の銀貨や銅貨も少しあるが、多くは近頃のもので、まあ一種の蒐集癖であろう。生活が苦しくなると、まだ多少残った株券の類を、彼女は惜しげもなく売り払ってしまった。そのことから見ても、貨幣集めは吝嗇からではない。ただ、金属の重みが嬉しいのであろうか。役にも立たない錆びついた短刀や懐剣も幾つか、大切に保存してある。
面白いのは、高さ二尺ほど吊鐘だ。鋲紋だけ打ち出してある無銘のもので、どうしてそんなものが家にあったのか、カヨ自身にも分らない。それが、階段口の壁わきに、天井から吊してある。
カヨは二階に落着いてから、どんな用があっても、階下の人を呼ばず、自分から階段を降りていった。ちょっとした物を持ち運ぶにも、自分で階段を昇り降りした。呼んで下さればわたくしが、といくら久子が言っても、自分で動いた。随って、階段の昇降が頻繁だった。そして或る日、途中で踏み外して転げ落ち、足首の筋をたがえて、三日ばかり不自由をした。その時、今後のことが気遣われると、桂介と久子は相談して、室の片隅に伏せてあった吊鐘を、階段口に吊したのである。あまり大きな音を立てると、近所に憚られるので、小さな木槌を添えておいた
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