よい、と桂介は思った。
「三四尺といっても、火事の時にはたいへん違います。」
 隣家の火事の場合を、カヨは考えてるのである。こちらで新築はしないつもりでも、現在の土蔵の住居に関係があるのだ。それだとすれば、椎の木はたいへん防火に効果があるそうだから、境界近くに椎の木を並べ植えたらよかろうと、桂介は言った。
「椎の木が何の役に立つものですか。一乗寺の大椎さえ燃えてしまったじゃありませんか。いざ火事となれば、立木も却って火を呼びます。」
 空襲の大火のことが、カヨの頭には深く刻みこまれているのである。
 つまらないことを隣家へ談判にも行けないので、桂介は打ち捨てておいた。ところが、カヨ自身で、工事をしてる大工に探りを入れて、建築は境界から六尺ほど引込んだ設計であり、境界には低い四つ目垣を拵える予定であることが、はっきりした。
「やっぱり、お隣りでも、火事のことを考えていると見えますよ。」
 カヨは安心したように眉根を開いた。
 然し、周囲に対するそういう配慮は、カヨとしては特別なことで、たいていは二階の室に閉じ籠っているのである。それは蝸牛の殻のようなもので、彼女はその室を背負い、その室の
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