れでもカヨは、白猫を抱いて日向ぼっこに表へ出ることは、少くなった。もう樹々の若芽も出かかっているのに、二階の薄暗い室に籠りがちなのである。
 ところが或る日、彼女は炊事場をかきまわし、久子を呼んで、塩はこれきりかと尋ねた。小さな壜に少ししかはいっていない。久子は塩の壜を持ち出した。それで全部なのだ。家にありったけのその塩を、カヨは笊にあけ、黙って、裏の笹藪の方に出て行く。久子もついて行った。
 小さな竹が粗らに立ってる藪のはじの、朽葉のなかに、蔓が二本はえている。足がひょろ長く、傘が薄く、大きく全体に黄色みを帯びている。季節外れの見馴れない蔓だ。その蔓を、カヨは下駄で踏みにじり、あたり近所に塩をふり撒き、笊まで裏返してぱっぱっとはたいた。ひどく不機嫌そうで、久子の方をじろりと見たが、何とも言わずに立ち去ってゆく。
 久子はなにか不吉な感じを受け、意外なことを思い出した。カヨは時とすると、桂一にお噺をしてきかせる。短い昔噺だが、訳の分らないへんなのもある。
 ――むかし、或るところにお化屋敷があった。荒れはてた庭に、大きな蔓がいっぱい生えている。それが化物だった。化物退治に、力の強い人や
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