武芸の秀でた人が、次々に出かけたが、庭にはいると、大きな蔓の傘におっかぶせられ、その傘がじわじわ縮まってきて、息絶えてしまう。
 勝つ者が[#「 勝つ者が」は底本では「勝つ者が」]なかった。ところが、一人の智恵者があって、塩をたくさん持って出かけ、蔓の上にふりかけると、蔓はしぼんでしまう。そしてみごとに、蔓の化物を退治してしまった。
 わきから聞きかじったその噺を、久子は思い出した。塩は何のまじないなのであろうか。不吉な上に嫌な気持ちだった。
 カヨは手を洗って、独語のように言う。
「蔓が生えるようでは、この家もあぶなくなった。」
 そして久子に、卵酒を拵えてくれと頼んだ。
 カヨが昼間から酒を飲むことは、これまでになかった。特別なことで、草のせいなのであろう。
 二階がいつまでもひっそりしているので、久子は階段をそっと昇って、覗いてみた。カヨは卵酒を飲んで、そのお盆を階段口に押しやり、机の上に写経の巻物をひろげ、その上に両手を置き顔を伏せて、眠っている。坐った姿は小さく、頬は白く、赤毛や白毛の髪が、少し乱れたまましんと静まっている。猫の姿は見えなかった。その猫を眼で探すことさえ久子は
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