り、耳がおかしくなったのであろうか。
 彼女は穿鑿するように相手の顔色を窺うのである。
 桂介は眉をひそめたが、おとなしく説明してやった。
「それは、お母さんの思い違いですよ。」
 夜中に眼を覚して、眠れないといっても、長い間眼がさめてるものではない。不眠症で夜通し一睡もしなかった、などと訴える人もあるが、医者に言わせれば、実際は相当に眠ってるものらしい。夜中に眼がさめて、一時間も二時間も時計の音に注意してるつもりでも、実際はその間にうとうとして、時計の音を聞きもらすことがある筈だし、三十分毎の一つの音だけを耳に入れるのであろう。
「それにしても、丁度三十分の音だけ聞こえるというのが、ふしぎだよ。」
 それを不思議とするならば、実は、実の笹藪の音をはっきり聞き取るというのが、第一に不思議だった。土蔵の中には、だいたい、屋外の物音はあまり伝わらない筈である。桂介はそれを何度か経験した。まだ子供の頃、暴風雨の烈しい折、建て直し以前の古い家屋がみしみし揺れて、恐ろしくなり、泣きだしたくなり、祖母に連れられて土蔵の中に避難したことがある。土蔵の中にはいると、まるで夢のような心地だった。外に荒れ
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