で、他は空地のまま耕作されている。野菜畑もあれば、麦畑もある。土蔵の家は、以前は広い家敷だったらしく、周囲に充分の空地があるが、樹木の植込みもしてなく、耕作もしてなく、片隅に小さな竹の茂みがあるのも、恐らく戦災後に芽を出したものであろう。
 土蔵の二階に一人で寝起きしてるお婆さん、カヨが、突然へんなことを言いだした。
「わたし、どうしたんだろう、耳がおかしくなった。」
 夜中に目を覚して、床の中で、はて何時頃だろうと、柱時計の音に注意してみるが、時計はいつも一つしか打たない。柱時計は一階にあるのだが、その音は二階にもよく聞える。昼間だったら、十一時には十一、三時には三つ、ちゃんと打ってるのに、夜中に床の中で聞くと、いくら耳をすましていても、一つしか聞き取れない。一時間待っても二時間待っても、時計は一つしか打たない。いつも一時か三十分かだが、そんな筈はない。耳の方がどうかしてるのかとも思うのだが、そうでもないらしい。裏の笹藪の音までよく聞こえる。笹藪に風のあたる音、笹藪の中を犬が歩く音、みんな聞こえる。夜中の時計の音だけ、いつも一つしか聞こえない。夜中に限って時計が狂うわけもないし、やは
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