怪しいものが身内に浸みこんでくるような厭らしさだ。彼は母に言った。
「そんなつまらないものに気を取られていると、こちらの影が薄くなりますよ。」
「そうですよ。影が薄くなってきました。耳もおかしいし、眼もおかしいし……。」
カヨは何のつもりか、頭を振った。
実のところ、なんだかへんなのである。久子が注意していると、カヨは猫を抱いて外に出ることが多くなった。春先の暖気のせいばかりではなさそうだ。石に腰かけて、彼女は物を考え、猫は物を探索している。
カヨはまだ腰が曲ったというほどではないが、めっきり背が低くなったようである。だいたいが小柄である。肉附きはいい加減で、下脹れの頬の肉はたるんでいる。いつも着附けが正しく、だらしない様子を見せることはない。もう顔にお化粧はしないが、色白の滑らかな皮膚である。その、見たところ上品な小さな彼女と、肩に乗っかってる白猫と両者をよくよく眺めると、なんだかへんで、怪しいのだ。彼女が読経は殆んどせず、写経にばかり凝ってることを、久子はやはり怪しく思い起した。
土蔵の二階などに籠りがちな生活が、カヨのためによくないのではあるまいかと、桂介と久子は話し合っ
前へ
次へ
全28ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング