言いだしていた。耳がおかしいと言いだした、その後のことである。耳の方は、夜中に時計の音がいつも一つしか聞こえなくとも、それは錯覚としてもよく、裏の笹藪のかすかな音まで聞こえるとしても、それも錯覚としてもよかった。だが、耳についで、眼もおかしくなった。
二階の窓には、鉄格子の内側に、新たに硝子戸が取り付けてある。その硝子戸の外から、誰かが室の中をじっと覗いてることがあるのだ。はっとして、注意をこらすと、その怪しい人影は消えてしまい、あとには、こちらの姿がぼんやり映ってるだけである。その自分の姿に邪魔されて、怪しい人影の正体は一層見極めにくい。
それはただ気のせいで、錯覚にすぎない、と桂介は考えたい。
「いいえ、そればかりじゃありません。」とカヨは言う。
夕方など、表の薄暗いところから、誰かがじっと家の中を覗いているのを、確かに彼女は見たのである。炊事場などは、更に怪しいことが多かった。
土蔵の内部を改造して住居にしたとはいえ、それだけでは、どうにもならなかった。横手の壁をくりぬき、小さな潜り戸をつけ、その外にくっつけて炊事場や物置や便所を作った。トタン屋根の簡単な造作である。盗人
前へ
次へ
全28ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング