して写経はしない。
人は写経をするようになると、或は写経を終えると、あとの寿命は長くない。そういう不吉なことを、久子はどこからか聞いてきた。桂介はそれを迷信だと笑ったが、カヨの生活状態を見ていると、いくらか気にかからないでもない。写経が遅々としてなかなか進捗しないのを、ひそかに窺って、二人は却って喜んでいる。
カヨの唯一の贅沢は、寝酒を飲むことだ。土蔵の中は冷えるし、風邪の予防に、というようなことから、いつしか毎晩の癖となってしまった。卵酒を一合五勺ほど、二階に持って上って、炬燵にはいり、ぼんやりなにか考えこみながら、または娯楽雑誌などを眺めながら、ゆっくり味って、それから寝床にはいるのである。ラジオは嫌いで、嘗て二階に桂介が取りつけてやったが、少しも聴かないので、一階に移してしまった。静かな環境を彼女は好きなのだ。
毎晩の卵酒には、桂介夫婦は経済的に困った。酒ばかりでなく、鷄卵と砂糖がいるので、それがつもると、桂介の収入では容易なことではない。だがカヨは、そんなことは殆んど顧慮しなかった。家計がつまってくると、株券でも物品でも、惜しみなく売り払わせた。食物の贅沢などは少しも言わ
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