手紙を書いたり、瞑想に耽ったりしたが、やはり思いは祖母の方へ戻っていった。そして、葬式当時の嫌なことどもが浮き上ってき、それを打ち消すために、祖母のやさしい笑顔に縋りつきたかった。
 笑顔、それを祖母は死後にも私に約束したのだった。窓の磨硝子ににこにこした顔を映してみせると、約束したのだった。そのようなことを、もちろん、私は信じはしなかったが、それでもひそかな期待は失せなかった。現に、窓にはいろんな物影がさしてる瞬間があったのだ。のっぺらぽうの影、私自身の影、何物とも知れぬ影……。どうして祖母の笑顔だけが見えない筈があろう。私はそれを期待したが、一度も見えなかった。
 祖母の遺骨はまだ家に祭ってあって、初七日がすんでから、墓に納めることになっていた。初七日から次々に七日七日と、煩雑な仏事が待っていた。そして一番煩雑な初七日は、葬式のあとまもなくやって来た。来客がたくさんあるので、私は忙しくなった。
 けれども、私はもう余り手伝わないことにきめた。A叔母さんにそう言うと、A叔母さんはそれでいいでしょうと賛成してくれた。
 もともと、私はA叔母さんを余り好きではなかった。女学生みたいな子供
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