うして気にかかるようになったか。事の起りは、ごくつまらない、そしてちょっと極り悪いことからだった。
 私の頭の中に、いつとなく、へんな話がこびりついていた。それを私は、何かの昔話の中で読んだのか、何かの物語の中で読んだのか、誰からか聞いたのか、または夢にでもみたのか、自分でもさっぱり分らないのだから、不思議である。でも、起源がどこにあるにせよ、その話は私の頭にはっきり刻まれていた。
 ――むかし、だかいつだか、深く愛し合ってる男女があった。二人だけで、互に頼りにして、一緒に暮していた。夜も、一つ室に床を並べて寝た。夜中に眼を覚すと、どちらも、相手がそこに寝ているかどうか確かめるために、手を伸ばして相手の顔を撫で、そして安心してまた眠った。
 ――或る夜、男が眼を覚して、いつもの通り、手を伸ばして女の顔を撫でてみた。すると、その顔には眼も鼻も口もなく、のっぺらぽうだった。男はびっくりして、立ち上り、電燈をぱっとつけた。(この電燈のことが、昔話にしてはおかしいけれど、私の頭の中でははっきり電燈なのだから、それを信ずるより外はない。)
 ――電燈をつけて、見ると、女の顔はいつもの通りだった。
前へ 次へ
全28ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング