いたようだった。私はただ曖昧な微笑を浮べた。
「いろいろ、疲れたでしょう。それにまた、今日はたいへんね。」
「でも、あたし、もう余り手伝わないことにしてるの。」
「それでいいでしょう。わたしがあなたの分も働いてあげるから。」
家事の運びから座席の取りなしなど、叔母さんがたいへん手馴れてることは、葬式の時にも私は見た。
「叔母さまは、いろいろなこと御存じね。」
「いろいろなことって、なによ。」
「御経なんかも……。」
叔母さんは微笑しただけだったが、仏壇の方をじっと見やった。
「明日、御納骨でしょう。」
「ええ、そうらしいわ。」
叔母さんはちょっと眼を据え、何やら独り頷いて、ゆっくり言った。
「そう、それがいいでしょう。」
私は急に淋しい悲しい思いがし、一方では、叔母さんがたいへん頼りになる気がした。それで、女中が茶菓を運んできた後も、そこに居残っていた。けれど、何も話すことがなかった。思い切って、祖母の約束の笑顔のことを打ち明けてみた。のっぺらぽうの顔の話はすっかり陰に伏せて、ただ、亡くなっても笑顔を見せてあげると祖母が言ったことを、何気ない話題みたいに持ち出して、それがなかなか本当にならないと訴えた。
叔母さんは注意深く聞いていたが、暫くたって言った。
「それは違います。」
改まった調子できっぱり言われて、私は少しびっくりした。
「それは違います。」
叔母はまた繰り返した。それから、普通の調子に戻って、私に説明してきかせた。――遠くに住んでる人だの、逢いたがってる人だのに、死んだ人が何かの合図で自分の死亡を知らせるという話は、世間にいくらもある。例えば、自分の姿をはっきりとその人の前に現わすというような話は、しばしば聞く。それが真実だか錯覚だかは別問題として、そういう場合、必ず、死んだ人の気が、一念といったようなものが、そこに籠ってるに違いない。ところが、祖母の場合は、何の気も、何の一念も、全くなかった。
「それどころか、美佐子さん有難うと、ただ安らかな気持ちでいらしたんですよ。」
「そりゃあ、お祖母さまはいつも仰言ったわ。何かちょっとしてあげると、すぐ有難うと……。」
「それとは別のことですよ。あなたが足をさすってあげたり、果物の汁を匙で口に入れてあげたり、頬の乱れ毛をかき上げてあげたり、いろんなことをする度に、有難うと仰言ったかも知れないが、そんなことではありません。なんと言ったらいいか……全体の気持ちね。寝つかれてから亡くなられるまで、ずっと通して、そしてほっとしたように、美佐子さん有難う、よくしてくれましたと、感謝と安堵の気持ちね。だからそこには、何の気も籠っていないし、何の一念も籠っていないでしょう。」
私は涙ぐんで、頷いた。
「それだから、あなたの前に笑顔を現わして見せるなんて、亡くなられた後でわざわざそんなことをなさるわけは、少しもありません。そんなことを仰言ったとしても、それはただ、有難うと仰言るのと同じ気持ちからだったでしょう。」
私は返事に迷った。分るようでもあり、分らないようでもあった。ただ、祖母の約束の笑顔は到底見られないだろう、すっかり壊れてしまった、という気がした。
私は反抗するような気持ちで、いきなり尋ねた。
「叔母さまには、お祖母さまが亡くなられることが、前からお分りになっていたんでしょう。」
叔母さんはじっと私の顔を見た。
「それは、いくらかはね。」
「どうしてお分りになったの。」
「直感……霊感とでも言っておきましょうか。けれど、そのようなこと、説明のしようもないし、あなたなんか、まあ、気にしない方がいいわね。」
「なぜ。意地悪ね、叔母さまは。」
叔母さんはやさしく頬笑んだ。私はふいに悲しくなって、涙をこぼした。
「あら、どうしたの。」
涙のなかから、私は微笑してみせた。
そこへ、母がやって来たので、私たちの話は途切れた。母は食事中だったことを言い訳して、その日のいろいろな手筈をA叔母さんに相談した。母はたいへん大まかなたちで、細かいことには気が届かなかった。
私はあまり手伝わないことにしていたが、客が立て込んでくると、ぶらぶらしてるわけにはいかなかった。多くは顔見知りの親戚たちで、そして相当な年配の人たちだった。
正午頃、和尚さんの読経、一同焼香、それから食事。
従兄の利光さんが来ていた。それを兄は引っ張り出して、私の室に逃げ込み、食卓などを持ちこんで来て、私に言った。
「ここは未婚者たちだけの室だ。嫌な顔をするなよ。」
「じゃあ、お兄さんの室はどうなの。」
「二階は不便で、島流しみたいな待遇をされるじゃないか。いいから、ここへ、酒肴をどしどし持って来てくれよ。」
戦争中兵隊に行って来た頑丈な兄と、どこか、神経質な蒼白い利光さんとは、似合わない取合せ
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