だが、同じ年頃で、元から仲はよかった。
 私は室を使われるのが嫌だったが、断るわけにもいかず、女中にそう言って、酒や肴を運ばせた。
「日本酒は、一々お燗するのが面倒でしょう。だから、ビールとウイスキーにしたわ。」
「アルコール分さえあれば、何でも結構。美佐ちゃんも、ここで何か食べろよ、あっち行ったって、面白いことはないだろう。」
「ここだって、面白いことはなさそうね。」
「その代り、ビールを飲ませてやろう。」
 兄とは十歳あまりも年が違うので、私の方でも兄には親しめなかったし、兄の方でも私を無視していた。ところが、祖母が亡くなってから急に、なんだか調子が変ってきた。兄ばかりではなく、両親たち、それから知人たち、みんなから私は横目でちらりちらりと見られてるような気がした。祖母がふうわりと私を包んでくれていたその薄衣が、剥ぎ取られて、私の存在がはっきりしてき、暗がりの中にいた私が俄に脚光を浴びたような工合だった。祖母はほんとに私を可愛がってくれた。私はほんとに祖母に甘えていた。その祖母が亡くなってみると、私はへんに肌寒いのだ。
 私がそのような感懐に耽っていると、兄と利光さんは、葬儀の形式について論じ合っていた。兄は言った。
「仏事というものは実に煩雑なものさ。然し僕は、こういう形式に大して反対しないよ。少くともそれには、故人のことを早く忘れさせてくれるという意味がある。死体をいきなり地中に葬ってみ給え。未練とか心残りとか、何かが後まで残る。ところが、祭壇を造り、いろいろな物を供え、香を焚き、読経をし、供養と称して飲み食いをするんだから、もうこれでいい、これで済んだという気になって、故人のことをさっぱりと忘れることが出来る。つまり、忘れてしまえ、忘れてしまえという意味で、こうして無駄に時間をつぶし、飲み食いをしてるのだと思えば、腹も立たないよ。坊主までが、酒を喰い肉を喰って、早く忘れてしまいなさいと、勧告してるみたいじゃないか。」
 利光さんは言った。
「その意見には僕も賛成だな。だから、銅像を作ったり、記念碑を建てたりするのは、愚劣なことだ。墓もいらん。遺骨を粉々にして、空中から撒布すればいい。農作物や樹木の肥料になるし、気持ちもさっぱりするだろう。人間がその粉を吸ったところで、肺病の薬になるぐらいなもので、別に害はないだろう。」
「ずいぶん野蛮な話になってきたね。美佐ちゃんは祖母のペットだったが、どうだね。」
 兄は私の方を見やった。私は露骨に眉をしかめてみせた。
「そんな唯物主義は、あたし大きらい。」
「これは驚いた、唯物主義ときたね。然し、唯物的理想主義というものもあるよ。」
「あたしは、精神的理想主義……。」
「だいたい、女は理想主義で、そして男は、当面の問題を処理してゆけばいい。そんなところで妥協しないかね。」
「まるであべこべじゃないの。」
 私は忌々しくなって、ビールをぐっと飲んでやった。
「第一、お祖母さまの初七日なのに、故人のことを忘れるとか忘れないとか、そんなことがよく言えたものだわ。」
「一般論をしているんだ。なんだい、べそをかくなよ。」
 利光さんは笑った。
「そんな議論より、僕がいい所へ連れてってやろうか。ディズニーの総天然色長篇映画が来てるんだ。美佐ちゃん、一緒に行こう。」
 私は眉をしかめ口を尖らしてやった。ひとの室に侵入してきて、酒を飲んで、ひとをからかって……。そう言ってやりたかったが、止めた。私はまたビールを飲んだ。
 襖が開いて、母が顔を出した。
「こんなところにいたんですか。皆さんがあなたたちを探していらっしゃるから、あちらへいらっしゃいよ。」
 兄は首をすくめてみせた。
「僕はどうも、坊主がきらいでしてね。」
「何ということを言うんです。それに、和尚さんはもうお帰りになりましたよ。」
「へえー、いやに気を利かしたもんだな。そんなら、行ってやろうか。」
 兄と利光さんは立ち上って、出て行った。私はそこに暫くじっとしていたが、気持ちが落着かなかった。ビールを飲んだ。立ち上ると、へんに体がふらふらしていた。
 私は女中を呼んできて、料理から食卓まですっかり片附けさした。それから、箒や塵払を持って来て、室の掃除をした。こんな時に、という気がしたが、構うものかと思った。でも、少し慌てていたらしい。地袋棚の上の人形を一つ、転がし落してしまった。一対になってる博多人形で、片手で着物の褄を取り、片手で毬を抱えていた。地袋の前の板敷から、それを拾い上げてみると、毬のところが欠けていた。そのころころした毬を、掌にのせて眺め、それから、窓を開いて庭に投げ捨てた。これでいいと思った。
 広間の方へ私も行ってみた。少し頭痛がするような気分だった。廊下の曲り角で、柱につかまってちょっと佇んだ。すぐ前方の、広縁の籐椅
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