窓にさす影
豊島与志雄

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 祖母の病気、その臨終、葬式、初七日と、あわただしい日ばかり続く。私はまだ女学生のこととて、責任ある仕事は持たなかったが、いろいろなことをお手伝いしなければならなかった。その合間に、ほっと息をつくと、窓の方が気にかかるのだった。
 窓というものは、たいてい同じようなもので、特別に変ったのは殆んどない。私の室にある窓もごく普通なもの。南向きの縁側の左の端が私の室で、室内の左手、東側に、地袋があり、その地袋の上の棚から鴨居の高さまでが、窓になっている。地袋の棚には、人形、木彫細工、貝殼、大小さまざまな箱、硯箱など、ごたごたと私は並べている。その後ろが窓で細い桟がたくさんはいっており、磨硝子がはめこんである。磨硝子だから外は見えないし、外から室内も見えない。その小さな硝子戸が二枚、そして雨戸が二枚、その先は庭である。
 この窓が、どうして気にかかるようになったか。事の起りは、ごくつまらない、そしてちょっと極り悪いことからだった。
 私の頭の中に、いつとなく、へんな話がこびりついていた。それを私は、何かの昔話の中で読んだのか、何かの物語の中で読んだのか、誰からか聞いたのか、または夢にでもみたのか、自分でもさっぱり分らないのだから、不思議である。でも、起源がどこにあるにせよ、その話は私の頭にはっきり刻まれていた。
 ――むかし、だかいつだか、深く愛し合ってる男女があった。二人だけで、互に頼りにして、一緒に暮していた。夜も、一つ室に床を並べて寝た。夜中に眼を覚すと、どちらも、相手がそこに寝ているかどうか確かめるために、手を伸ばして相手の顔を撫で、そして安心してまた眠った。
 ――或る夜、男が眼を覚して、いつもの通り、手を伸ばして女の顔を撫でてみた。すると、その顔には眼も鼻も口もなく、のっぺらぽうだった。男はびっくりして、立ち上り、電燈をぱっとつけた。(この電燈のことが、昔話にしてはおかしいけれど、私の頭の中でははっきり電燈なのだから、それを信ずるより外はない。)
 ――電燈をつけて、見ると、女の顔はいつもの通りだった。
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