、だめだ。あぶなくってね。」
 そんなことでおれはどうやら彼を好きになったらしい。そして何度か出逢ってるうちに、彼のところに病人があって生魚に不自由して困ってることを知り、時々生魚を届けてやることにした。牛の煮込み屋から遠くない所で、静かな裏通りの古い小さな家だった。彼は……北川さんは、おれのような小僧っ子を信用して、五十円ぐらいずつ先渡ししてくれた。その五十円も無い時があった。
「今日は金がないよ。二三日して来てくれ。」
 それから二三日すると、ふしぎに金が出来ていた。もっとも、おれの方でも、北川さんところでは、口銭はいっさい取らないことにしていたし、煮込み屋の親爺と同じように、掛売りの気前も見せてやった。
 或る時、北川さんはおれに尋ねた。
「君は、本を読むことがあるかね。」
「そりゃあ、僕だって、ありますよ。」
「いや、本を読むのが好きかと言うんだよ。」
「好きですよ。」
 そんならこれを読んでみろと言って、少年雑誌をおれにくれた。北川さんはへんに嬉しそうだった。道理で、雑誌には北川さんの名前のついてる読物がのっていた。
 おれには[#「 おれには」は底本では「おれには」]大して
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